小金井市の公設公営学童保育所、9所の父母会による連絡会議            
携帯アクセスはhttp://www.koganei-gakuho.org/i/

行事予定   掲示板  学保連へメール
あかね|さくらなみ|さわらび|たけとんぼ|たまむし|ほんちょう|まえはら|みどり|みなみ

2004年05月17日


1年間、ありがとうございました  


本日、第31回学保連定期総会が無事終了しました。
これをもちまして、私の会長の任期も終了です。
1年間、いろいろとありがとうございました。

これでもうこの日記を書かなくてもいいと思うと、
ちょっと「一安心」、反面「ちょっと寂しい」と
いう感じです。
昨年9月のHP立ち上げから9ヶ月。
とにかく、「更新」することが見てもらうために必要だ、
この1年は、何でもいいから書きつづけなくちゃ、
という思いでした。
書いた内容はメチャクチャですが、最低の責任は果たせたかと
思います。

さてこの1年の自分を振り返ると、
とにかく「やることはみんなやった」という感想です。
やるべきとこがすべてできたとは思えませんが、
正直、ここが体力も気力も限界だろうと感じています。

今日の総会終了後、旧メンバーで打ち上げに行きました。
みんなの1年の感想を聞きながら、
改めて、「いいチームになったのだなあ」と思いました。
私が意図した訳ではなく、結果としてそうなっていた、
という感じです。
私がしたことは、結局、代表者会議のメンバーのそれぞれの
もっているパフォーマンスを引き出せたことかな、と思います。
これも私が意図したことでなく、結果としてそうなった。

この1年、本当に色々な意味で勉強になりました。
人生の中でも、最高に「楽しく、刺激的で、充実した」
1年だったと感じています。

これからは、学童OBとして、委託研究部のお手伝いをし、
また、今までどおり子どもの権利条例の広報活動をしようと
思っています。

新会長は中村さんに決定しました。
これからも、学保連ならびにこのHP、会長の日記を
よろしくお願いいたします。

簡単ですが、これで最後のご挨拶とさせていただき、
筆を置かせていただきます。
ありがとうございました。
さいなら!さいなら!さいなら!

  • 記載者 admin at 12:31
  •    以下はこの記事に関するコメント

2004年05月12日


学保連の住人たち


2003年度学保連も5月16日の定期総会でお終いである。
会長の日記も今回を入れてあと2回。
みなさん、これで「不気味」な壁紙ともおさらばですぜ。

さて、今年の学保連のメンバーを紹介しましょう。
え?もうお終いだって?
仕方ないです。だって、どんな人か分かったの最近ですから。
1年前は見ず知らずの人の集まりでしたから。

思えば去年の5月がことの始まり。
学保連役員引継ぎの会議で、私が会長に立候補。
対大森批判が前期学保連の中にあることを察知した私は、
立候補の意志表明の中で、せっせとあっちこっちに「爆弾」を仕込んだ。
そして「さあ、どうだ!」とやったのである。
「出て来い、出て来い、大森批判よ~~」という感じである。

出た!!

一人の男が、やおら背中に隠した「火炎放射器」を取り出すや、
いきなり火炎放射をかましたのである。
「大森なんて大嫌いだ~~!」(正確な発言は忘れた、要約である)

バゴ~~ン!ボゴ~~ン!ズド~~ン!!
ってなものである。
爆弾撒いた本人も、火炎放射器男も、ギャラリーも、
みんな顔真っ黒、頭チリチリ、衣服ズタボロ状態。
予想を遥かに超える「激震」に、目が「・」、放心、意味不明。
特に初めて学保連の場に出た人は、「何なんだこれは!」と
思ったことでしょう。

この火炎放射男が、事務局長のN氏(みなみ)である。
以来1年、会長の日記を書いては事務局長にいいように「コメント」され、
いたぶられ続けてきました。
くやしくて、くやしくて、眠れぬ夜を何度過ごしたことか(笑)。

この事務局長がこのHPを全部作った。彼のおかげである。
しかもコンピューターが専門でも何でもないのに。
作れる人はたくさんいても、作ったのはこの人である。
この人が今年の学保連にいなければ、HPは100%できなかった。
ちょっと「天才」的なところがある。
しかし、天才はえてして「変人」である。
そして「天才」はえてして「可愛い」。

次は副会長のB氏(あかね)。
この人は学保連4期連続と言う記録を継続している。
別名「学保連の武闘派」とか「自転車忘れ男」という。
この人は、今年とんでもないことをやってのけた。
2月の三多摩研究集会に、小金井から100人出して欲しいという要請があり、
責任者だった彼は、パーフェクトとも言うべき動員計画を作成した。
学童ごとに個別に勧誘する父母を決定し、第一コンタクト期日、勧誘結果を
彼に報告。
勧誘失敗の場合、第二コンタクト期日を設定し、再度勧誘。その結果も彼に報告。
こうして何と小金井から120名の動員が完璧になされ、三多摩研究集会の参加者が
史上初めて300人を超える要因をつくったのである。
これも、今年彼が学保連にいなければできなかった偉業である。
そして来期も学保連にいるらしい。
自転車が来期も無事かは、分からない(かなり心配・・・)。

もう一人の副会長K氏(たまむし)。
彼とは去年の前半、何度もバトルを繰り広げたのである。
私の提案に「待った」をかけるのが彼という図式だった。
私は彼を「学保連の待った男」と密かに呼んでいたのだ。
何でこんなに待ったをかけるのか、最近理由が分かった。
彼は「ラガーマン」だったのである。
ラガーマンの仕事は、取り合えず「止める」こと。
考える前に止めるのが「本能」である。
後半彼は仕事が忙しくて、学保連メールをなかなか出せない時期があった。
不思議なもので、何だか今度は寂しいのである。
「どうしたのかな・・」
やっぱり反対意見の人もいて、一緒にわいわい議論しながら活動するのが楽しい。
今年の学保連になくてはならないK氏であった。
彼も相当「可愛い」キャラクターなのである。
そして彼も来期も学保連に出てきてくれるそうである。
頼もしい限りである。

研究部長H氏。みんな知ってる人である。
この人を最初から研究部の部長にするツモリであった。
この人の活躍は研究部の掲示版等でお分かりのことであろう。
言うまでもなく、この人が学童にいたことで、学保連の委託調査、
児童福祉審議会の進行にどれだけの効果があったことか。
また、審議会委員同士の交流、保育園・ピノキオ幼児園父母との交流等は
すべて彼の「誠実でやさしい人柄」のおかげである。
彼が学童に在籍していてくれたのは、小金井の学童にとって幸運だった。
来年度も審議会は続くので、引き続き活躍をお願いします。

事務局次長M氏(みなみ)。日本の学童保育誌担当。
この人は、実はすんごく「キーマン」だったのである。
会議でも多くは発言しないのだが、この人が静かに独特の語り口で話すことは、
実に「ツボ」を捉えた、かつ「簡明」な内容で、みんなを納得させるものだった。
特に議論が混乱すると、私などは「それそれ、そろそろ出番ですよ」と、
彼の発言を待っていたものである。
日本の学童保育誌の配布、集金というとんでもなく地味な仕事を黙々と
こなしていただいた。私など、顔も見れないくらいである。
幸いなことに、彼も来期も学保連に出てくれるそうである。
小金井の学童にとっては、これも「幸運」である。

子ども祭り担当A氏(あかね)。
ただ一人、3年前に学保連を一緒にやった仲間である。
一言で言うと、「オトコの子」である。
なかなかこれだけの「オトコの子」はそういない。
子ども祭りで毎年、市営グランドから机を運び、市内の学校からテントを
運んでこれるのは、この人がいるからである。
この人の車と活躍がなければ、子ども祭りはかなり危ないのである。
6年前、学保連の運動会に「棒引き」競技を持ち込んだ人でもある。
その「棒引き」で、学童に引き込まれたのが私である。
以来、運動会ごとに「棒引き」「ボウヒキ」とブツブツつぶやいている。
そしてA氏と「今年も棒引きやろうぜ」と密かに作戦を練っている。
面白いことに、お互いの長男が中学で同じクラス、同じ卓球部に入って、
今は「緑中の卓球部をどうやって応援するか」の作戦を練っている。
これも、学童のつながりの面白さである。
これからもよろしく。

そして運動会部長S氏(さくらなみ)。
運動会で「天気よ、晴れろ!」という3秒の開会挨拶をして名を売った人である。
名文家であり、博識である。
この人の名文には「カバンとオヤツと連絡帳」とか「北極星」とか、
研究部の掲示板に載っている。
運動会実行委員会のまとまりも、この人の人柄が大きかったであろう。
一方、結構「熱い」ハートの持主であり、この人の意見が会議の方向を決めることも
少なからずあった。
個人的にはかなり励まされた。感謝、感謝である。
この人の持つ「色」は、今年の学保連を「寒寒とした白色」から大いに救ってくれたのである。
やはり今年の学保連を彩る貴重な存在であり、この人の存在も学保連の幸運であった。

みどりの同僚・広報部長K氏。
私が爆弾撒くより早く「ガソリン」を撒いていたのがこの人である。
私なんぞよりよっぽど過激な人で、「大森さん、一緒に学保連のアルカイダだ~~!」
何ぞと言っていた人である。
さくらもちに、熊さん八っさん文体を持ち込んだのもこの人。
みどりの指導員送別会で、「送別の辞」を執筆し、参加した60人からの父母の
半分を泣かせた「熱い文章」の大家である。
最近は、教育改革のあおりで、超過激な勤務を強いられてほとんど疲れ果てている。
長男以来6年越しの付き合いで、ぶつかり合いもした「仲間」である。
お互い古い学童を知ってる少ない人間になってしまいました。

会計Yさん(たけとんぼ)。
最初は恐かった・・。何か言うと叱られそうで・・・。
市長に話すより恐かったっす。
最後の最後に聞いたお話だと、何と学童まったくの1年目だとか。
ありゃ、こりゃあ「かまえる」のも当たり前と、みんな納得。
とんだ失礼をいたしました。
それにもかかわらず、ほとんどの会議に出席いただき(お子さん連れですいません)、
会計の仕事もきっちりやっていただきました。
最後にお聞きしたお話で、予想以上に学童が子どもの面倒を見てくれて良かった、
という感想には、何だか私も「ホッ」としました。
これからもよろしくお願いいたします。

さて、役職付き以外の代表者会議のメンバーへ。
まえはらN氏。
次期学保連会長候補である。
民間企業の厳しさを知ってる人で、はっきり自分の意見を持ってる人。
来年の会長の根回しをするときに、「ハッ」とひらめいた人。
この人なら、自分のヴィジョンを打ち出せるだろう、というのが会長を打診した理由。
正直「受けるな」と確信してました(笑)。
各学童祭りにこまめに出席してくれて、まえはら学童の参考にしてました。
今年は、各学童の役員会等にも顔を出すつもりとか。
来年度、よろしくお願いいたします。

まえはらMさん。
今年1年、書記をお願いした。何だかいつもお願いした形になってごめんなさい。
数少ない女性のメンバーで、イケイケの男性にまじって、しっかり意見を述べて
いただきました。
子育て、お仕事の忙しい中で、都合を付けられて、ほとんど会議には出席いただき、
感謝、感謝です。
来年は、まえはらの会長さん。
やっぱ、熱いですねえ、まえはらの女性陣。
来年もよろしくお願いいたします。

ほんちょうT氏。
児童福祉審議会の場で、傍聴席最前列で、まるでマスコミそのまんまに
「撮影」していた人である。
委員だかが「あれは何処の取材?」と聞いたとか。
まったくのボランティアである。
撮ったビデオは編集、ダビングして、資料として見せていただいている。
この人、外資系民間企業の日本法人のトップである。
私は最初から知っていたので、この人が「動く」人であることは分かっていたが、
予想どおり「いい味」出してくれました。
この人の「キャラ」は、今年の学保連に「暖かさ」をもたらしてくれた。
冷血動物の私としては、大助かり。
またいっしょに「遊び」ましょうね。

ほんちょうKさん。
今年の学保連「裏番長」である。
審議会、権利条例等、ほとんどの会議の議事録等のテープを起こしたのはこの「お方」。
学保連を越えて、市内の保育関係者には、多大の恩恵をもたらしていただいた。
この人がいなければ、あれだけの情報は発信できなかった。
この「お方」が今年の学保連にいたことの効果は、実に大きい。
のみならず、学保連内部でも、「happy-gakudo」というやわらか話題のMLを
つくり、内部の交流に貢献していただいた。
あ、この「お方」、1年前の学保連引継ぎで、
「私は何もやりません!!」と、きっぱり宣言した人である。
一同「唖然!」。
アレから1年、今は「私がやらないものは、ありません」状態である。
ここで小金井の保育関係保護者の一人としてお礼を申しあげます。

さくらなみK氏。
かのボビーちゃんである。運動会の実質の責任者、さくらなみ会長。
どんなに大変でも、「たいへんだ」とか「疲れる」とか、一切口にしなかったそうである。
偉すぎる・・・。見習わなくちゃ・・。
この人の人柄が運動会の成功には無くてはならないものだったらしい。
関西の人である。こてこての関西弁がいい。
やるき茶屋で、他の学童の打ち上げに挨拶に来て、エールを送ってくれる人である。
審議会でも、黙々とメモを取って、文書にしてくれた人である。
この人は、今年の学保連に「味」を付け、無味乾燥な学保連を救ってくれた。
そしてこの人も来年学保連に出ていただけるようである。
これも小金井の学童には、大きな財産である。

さくらなみN氏。
「学保連スポーツ」を一人で出した人である。印刷が本業らしい。
この人がいなければ、学保連スポーツは出なかった。
出したほうがいいと思う人はたくさんいても、実際に出した人はこの人である。
もうひとつ、この人には隠された「才能」がある。
「適任の人を探す」こと。
保育園の会長や、審議会委員など、この人がくどいた人が適任で活躍してるようだ。
さて、次は誰を何に推薦するか、楽しみです。
来年、学保連スポーツ出る?

たけとんぼF氏。
この人、実に「おもしろい」。
学保連の「ホッと一息」をかもし出してくれるのである。
この人が来ると、何となくみんな「ニヤニヤ」とほっとするのである。
イケイケドンドンの会議で、結構熱くなってところに、何となく
「ほげ~~」という雰囲気。
自分から発言することはあんまりないのであるが、
意見を求められると、どっこい「しっかり」者なのである。
ビックリしたのは運動会の会議。
なんと「挙手」しているではないか、F氏!
運動系は「熱い」のか、昨年最下位を一緒に争ったのに、
今年は何とたけとんぼは優勝をもぎ取ってしまった。
ギスギスした会議の雰囲気に、F氏の存在は貴重でした。
ご苦労さまでした。

さわらびK氏。
あの「頭手ぬぐい」の彼である。
ずっと学保連担当、さわらび会長を交互に続けてくれた。
後半は仕事が忙しいのか、暫く顔を見ていなくて寂しい。
また、飲みましょうね。待ってますよ。

最後に、みどりH氏。
みどりの同僚である。この人、考古学者。
私が学保連に専念できたのも、足元のみどりをこの人がしっかり固めているから。
奥さんも一緒に学童の活動をしておられて、うらやましい限りである。
最近は、学保連の飲み会流れでご自宅にお邪魔することもあるようで、
快く迎えてくださる奥様に感謝、感謝。
今年も頑張りましょう。

他に、父母会の会長さんで学保連会議にはなかなか出席できなかった方もおられます。

とにかく、この方々の「個人」の「活躍」が、結果として学保連の「活動」を
つくり、学保連の「力量」になったのです。
学保連は人材が豊富と他の団体から言われますが、本当にこれだけの能力の
ある方が、市内の学童におられ、学保連の場に出てきていただいたことが、
今年の学童の「幸運」だったと思います。
1年間、本当にありがとうございました。
来期も引続き学保連に出られる方は、ご活躍をお祈りいたします。

ってなわけで、色んな人が集まる「学保連」は、単純に「おもしろい」です。
皆さんも、来年は「学保連」で「変人」と知り合いになりませんか?
お待ちしております。
(きれいに終わらないな、やっぱ・・・)。

2004年05月04日


おまけ(黄金週間・登山の勧め)


学保連の話題が続く中、ちょっとお休みを。

学保連のメンバーが仕事や風邪でご苦労する中、わが家は那須に登山に。
そのお話を。別名「貧乏旅行」。

まず、1泊分の米とカレーの材料もって、鈍行で黒磯まで。
宇都宮乗り換えで3時間。
そこから路線バスで50分ぐらい。(混雑時は超渋滞。2時間かかるときも。)
貧乏旅行は、鈍行とバスが定番。
いや、車の方が安いという話もある(真実らしい)が、わが家には
タイヤが2つしかない車(バイクとも言う)が2台しかないので、仕方ない。

バスでは「那須休暇村」まで。そこのバンガローに泊まる。
ここは公共の宿で、8人利用のバンガローで1万4千円。
キッチン、風呂、タオル、歯磨きセットまで、すべて付いてます。
夕食は家族でカレーを作って食べる。温泉に入りたければ、本館のお風呂へ。
ただし山道歩いて10分(笑い)。夜は真っ暗です。北温泉も歩いて10分ぐらい。

翌日は朝食作って食べて、昼のおにぎり握って、茶臼岳(那須岳)へ。
今回はケーブルカーで登る。歩いて登っても簡単です。2時間ぐらい。
ケーブル終点から、噴煙あげる牛が首を通って、姥ケ原で昼食。
今回はコンロを持参したので、ラーメンとコーヒーを作って食べる。
そして雪の上で少し遊んで、いざ三斗小屋目指して出発。ここからが大変だった。

この時期の那須は北側斜面は残雪があります。所によっては雪渓を横断することもある。
今回は林の中を歩いたのですが、何箇所か雪の斜面(数m)を登山道が横切っています。
場所によっては、斜度が40度を超えるところもあります。
木の生えた所なら落ちても止まるので大丈夫ですが、何も無いところもある。
そこで、末の5歳がバランス崩して下に転がった。
助かったのは、雪が溶けていて、滑らずに体を止めてくれたこと。
もひとつ、冬のスキーで散々急斜面で転んで、10mぐらい止まらない経験を何度かしていたこと。
2回転して3m落ちただけで踏ん張って止まった。
親父は子どもがよろけた瞬間に下に落ちていく様が目に見えたので、ビックリしてギリギリ間にあうとこまで藪の中を飛び出したが、そこまで落ちて来ないで止まった。
ちょっと注意が足りないと、親父反省しきり・・。
その夜も何度か夢に見ました・・。

「いや~、良かったねえ・・」なんて話して歩いてたら、とんでも間違いをしてしまった。
昼食の場所から30分ぐらいで小屋への分岐があるはずなのに、気付かずにどんどん1時間半も歩いた。同じような雪道を数箇所越えて、更に一山越えて、どんどん下って下に降りたら、そこには意味不明の標識が・・・。
行くべき小屋への矢印は、今来た道を指している・・。
しかもご丁寧に落書きまで・・「ムリ」・・って、オイオイ・・。

完全に見過ごした。時に午後4時。1時間は間違えて歩いた計算。
大失敗。何故だ?途中に枝道なんぞ無かったぞ・・・?
答えは後で分かった。

戻らずに先に進めばぐるっと一山越えて、3時間はかかりそう。
戻っても2時間はかかる。しかも、今下ってきたばっかりの急な山道をまた登る・・。
さて、どうする?幸い天気は快晴で暖かく、日も高い。
とにかく時間が短いほうを取って、戻ることに。

そこへ来ました、高齢者のグループ4人。
先頭はおじいさん、ちょっとお酒の匂いが、しかもフラフラ・・。
一応「リーダー」と呼ばれてた。
後ろからおばあさんに近い3人。
すれ違うとき、末の坊主が喋った「いや~、道間違えちゃって」。
おばあさん、「どこ行くの?」
坊主「三斗小屋」
おばあさん「え?私たちも同じよ」

ああ、あなた方も間違えたのね・・。
こっちは5歳を連れた子連れで、そっちは高齢者で・・。
落胆は高齢者の方が大きく、ガックシの様子。
そりゃ1時間も間違えて歩いちゃきつよね。
そのまま「先に行きます」というには、ちょっとフラフラの人が心配。
こっちも小さい子がいるので迷ったが、とりあえず先に行って、
「分岐のところで待ってるから」と声をかけて先に歩く。
最初は女房と下の子2人を先に行かせて、私と長男が後から高齢者グループが
ついてくるか様子を見ながら進むことに。
30分程ついてくるのが分かったので、女房達に追いつくべく急ぐ。
さっき苦労して登った雪の上を今度は下るはめに。
途中でまた道を間違えた女性の単独登山者に会って、この人も引き返す。
何でこんなに間違えるんだ?

1時間戻ってようやく分岐に着いたら、理由がわかった。
分岐の道が丁度残雪が広く残った場所で、道がない!!
標識はでっかく立っているが、方向が違っていて、意味をなさない!
初めて来た登山者には、間違えても仕方ないのだった。

そこでまた女房と子どもを先に行かせて、私は高齢者に分岐を伝えるべく戻る。
幸い近くに来ていたので、分岐まで一緒に来て、私はまた女房を追いかける。
こんな具合で、何とか6時過ぎに小屋に着いた。
足はびしょびしょ。ああ、参った、参ったの1日でした。
そんな後で入る温泉は、「ああ、極楽」の世界。
高齢者のグループも30分ほど後に到着。
でも、宿を間違えて(2つ宿がある)他の宿の玄関をくぐっていったのはご愛嬌か・・。
大丈夫かリーダー?

翌朝、昨日の高齢者グループの女性に、「ありがとうございました」と
手を合わせられたのは、笑ってしまった。
とにかくお互い無事でなによりでした。

山小屋の朝食は早い。朝6時20分には出てくる。
部屋へお膳で来る。
のり、納豆、つけもの、温泉たまご、味噌汁。うまいんです、これが。
昼飯のおにぎりを作ってもらって、2日目出発。朝8時。

この日は、がれ場と尾根筋を歩いた。
片側がほとんど60度を越えて垂直に近い尾根筋も多く、昨日のこともあって、
かなり慎重に歩く。
おまけに私は「高所恐怖症」。
一人ずつ順番に通る尾根筋も何箇所か。
簡単そうでも、やっぱりバランス崩すと下まで落ちることもありうるので、恐い。
みんな慎重に歩いて今回は問題なし。
でもさすがに他の子どもには一人も出会わなかったな。

途中から霧の中に入る。強風。
午後は下り一方。
ところが登山道が「雪解け水の小川」状態で、雪の上を歩いて雪を踏み抜いて
小川に足を突っ込んだり、すっころんだりで、どろだらけ・・。
昼食も、風が強くて、ようやくちょっとした藪の陰でおにぎりを食べる。
そしたら女房の登山靴の底がはがれちまった。
紐で応急処置。
雨がポチポチ落ちて来たので、足を早めて北温泉を目指して下る。
ずっと霧の中を午後3時前に到着。
最後は大人の足がグラグラ。
子どもは全然平気。5歳も平気・・。なんで?

そこからバスで宿まで。
ところが、このバスが来ない。
那須は道が1本しかないので、渋滞が激しい。
結局バスは1時間送れてきた。
その間、大人は寒い寒い、バスが来ないとブツブツ言ってるのに、
ケタケタと笑いながら石やミミズで遊んでる子どもは何もの?

その日の宿は、那須町の「町営いこいの家」。
宣伝してないそうです。空いてます。
安くて、温泉も那須御用邸と同じ源泉で、かけ流し。
極楽ですぞ。

翌日、あとは真っ直ぐ帰るだけと、バス停に向って宿を出る。
50mほど行ったら、わき道からのっそり出てきたものがいる・・・。
体長1m弱。
茶色の長い耳、薄汚れた白に茶色のブチ模様の体・・・。
低く垂れた頭から、上目遣いにこちらを見る、どんよりした大きな目・・。
ご丁寧に、口からは20cmはあろうかという「よだれ」が垂れてる・・。
野良犬である。
首輪はあるので、捨て犬だろう。
こちらの行く道の前を、通せんぼして、立ち止まった。

「おいおい、冗談じゃねえぞ!バスの時間もないのに・・。
 まさか狂犬病の野犬じゃないよな・・。」

狂犬病は「よだれ」がトレードマークとか。
だが、この野良のよだれは、ポタポタ垂れるのじゃなくて、
ブラブラ揺れてる・・。

家族を下がらせて、背中のリュックを降ろして前に抱える。
野良との距離は5m。
相手は通せんぼのまま、動かずに、相変わらずドンよりの目で
こっちを見上げてる。
リュックを地面に降ろすと、野良は2,3歩前進する。
持ち上げると、立ち止まる。

そのまま5分。
お互い相手の出方が分からず、探りあい。言葉が通じないから仕方ない・・。
ときどき、双方とも遠くの景色を眺めるふりなどしながら、
相手の動きから目を離さず、じっと・・。
ちょっと、低く「唸って」みると、野良はちょっと後退。
こんなこと繰り返しているうちに、野良はゆっくり出て来た道に
戻り始めた。
そして、出て来た道の入口で、こちらに背中を向けて座り込んだ。
その横をゆっくりと静かに通過して、バス停へ。
最後まで、いろいろご丁寧におまけが付いてきた旅行だこと。
せめて「熊」が出てこなくて幸いでした。

熊と言えば、那須にも出るようです。
いたるところに「熊に注意」の看板あります。
その中に「熊をからかわないでください」というのがあって、
これには一家で爆笑!

そんな旅行も、また鈍行に乗って帰宅。
私、電車の中、全部寝てました。

那須はけっこう近いですし、山も空いてますし、子連れでも歩ける。
茶臼岳は小さな子も結構登ってます。
そして、いい温泉がたくさんあります。
中学生の長男は、「友達の誰も登山なんかに行かない」と抵抗してますが、
「お前、大人になって子どもを登山に連れていけなくてどうすんだ!
 お前が嫌いでも、結婚相手が登山が好きかもしれないじゃないか!」と
説得(恐喝?)して連れて行きます。
でも、それもいつまでか・・・。
中学3年なったら無理かも。
因みに私は、登山に行ったのは、大学卒業までは、遠足以外にありません。
とんだ嘘つき親父だな。
でも、山に登るのはいいですよ。
無理をしないで楽しめる山はたくさんありますし、まして温泉あれば極楽だ。
いつか、みんなと一緒に行きたいものです。
え?高齢者グループ?
確かにそんな感じかも・・。

以上、那須観光課の回し者からのご報告でした。

2004年04月29日


ああ、肩の荷が・・・・・。


昨日の学保連新旧代表者会議で、次期学保連役員体制が決まった。
新会長候補に中村さんが承認されたとき、予想もしていなかったことが・・・。

私ははっきりと顔が「ほころんだ」のである。
そして、「嬉しく」なったのである・・。
嬉しいというか、「心が軽くなった」という感じかな。
肩の上の見えない荷物が、スーと空中に消えたような実感が。

改めて「結構、気持ちの中で荷物背負ってたのか」と驚いた次第。

3年前の会長を辞めるときには、この感覚は無かった。
今年は、民間委託にどう対応するかという、突きつけられた課題があり、
それに答える必要があったので、以前のように「何をやろう」という
自分の側からの活動で済まなかったので、それだけ責任を感じていたのかも。
まあ、根が「アホ」なので、プレッシャーに気が付かないから、
プレッシャー無いのと一緒だけど。

そして一番「ほっとした」理由は、きっと「もう熱を出し続けなくていい」という
開放された気分から。
この1年、最初から最後まで、「熱」を放出し続けた。
会長が「熱」を出さなくなったら、組織も冷える。
「熱」が組織の人間を巻き込み、組織自体も「熱」を帯びる。
この1年通じて「熱」を出すのは、今思うとかなりきつかったのだろう。
この会長日記に書きつづける(嫌がられても)、
さくらもちに書きつづける(もっと嫌がられても)、
メールを出しつづける(もっともっと嫌がられても)、
これでもか、これでもかの「熱」の攻撃に、代表者会議の面々は、
「いい加減にしてくれ」と本当にうんざりしたことでしょう(爆笑)。

幸いだったのは、今年のメンバーがこの暴挙を「受け止める」度量があったこと。
本来なら「やってられるか」とそっぽを向かれるのが当たり前なのだと思う。
ボランティアでやってるのに、何で年に2000通ものメールを読まなならんねん、と。
それも会長の何だか理解できん「こだわり」に付き合って・・・。

最初から最後まで、ぶつかり合いの繰り返し。
これも相手あってのことで、これに応えてくれたメンバーに感謝の気持ちで一杯です。

この「熱」も、さすがにもう「放出」するのは無理。
1年が限度ですね。
もはや「燃えかす」のみの状態だと、実感してます。

今年の学保連代表者会議の今まで無かったような、良かった点は、
とにかく会議の出席率が異様に良かった点です。
常時20人のメンバーの8割近くは出席してくれました。
その後の打ち上げも、そのうちの8割という異様な盛り上がり。
打ち上げに常時10人を超えて出席しているというのは、初めて。
それも、魅力的なメンバーが多かったことからでしょうか。
今振り返っても、誰か一人でも「欠けたら」今年の学保連はないな、
という感じがします。
全員が居て、今年の学保連の「雰囲気」が出来上がっていた。
貴重な「集団」になってました。

次回は、そのメンバーへの私からの「愛のコメント」。
へ?
止めろって?
最後の最後に変な「悪熱」出すなって?
いいじゃない、みんなを「愛してるんだから」。
お楽しみに(爆)。

2004年04月23日


もうちょっと・・・。 


私の学保連会長も5月16日の総会でお終いです。

学保連総会
 5月16日午後1時30分開場 萌え木ホール

もうちょっとですね。
子どもが3月一杯で学童を卒所しているので、もうOBなんですが、学保連が続いているので、どうにも学童が終わった気がしない。
かといって頭の中は3月以前のままなので、ギャップがあります。
今の学保連は、総会に向けての引継ぎの準備です。皆さんの学童では、新しい役員が決まりましたか?
来期も元気な学保連であって欲しいものです。それには、父母会が元気でないと・・。

今年の学保連はかなり元気でした。
昨年5月終盤に引き継いでから、これまでに学保連関係で出されたメールが2,000通を超えています。まあ、書くのが好きな人が何人かいたのでこの数字ですが、ある人は外国に2月行っていて、帰ってからメールを受信したら、30分間受信のままだったという笑えない話もありました。
それを全部読むのもすごいですが。
代表者会議で集まる機会は月1回ですから、そこで十分な議論は不可能ですから、メールでなされた議論も多かったです。その点で、認識の一致をかなりできたことが今年の活動にはプラスでした。

そして、会議の他に「児童福祉審議会」がありました。
代表者会議終了後も、審議会終了後も、必ず打ち上げ付き・・・。
ようは、月2回は顔を合わせて話をしていたことになります。
金が例年の倍はかかった・・。
打ち上げでの話はとても楽しいし、ためになります。
この場でみんなが共有した「情報」も相当多いです。
奥さんとのなれ初めまで「共有」したりして・・・。

学童の父母会の大きな「特色」は、男性の参加が多いことです。
学保連も20名のメンバーのうち、17名は男性です。
他のどの集まりに行っても、ほとんどお母さんばかり・・。
まず若い(50歳以下)男性は見ない。
かなり特色ありますね。
他の団体からは、ちょっとうらやましいと思います。

市民運動の集まりに行くと、高齢の方がほとんど。
ここには、男性も多いです。
でも、若い男性はまず一人もいない。
私もひとつ市民の活動に参加していますが、学童とは違って、
私が一番の若造みたいなもんです。
そこで、70歳前後の「先輩」と一緒に活動して遊んでいます。

「皆さん、私がいなくちゃどうなっちゃうんですか!」なんて
減らず口たたいて笑ってますが、
どっこい高齢の方の「情熱」は私たちより「熱い」ですね。
とてもまだまだかないませんね。
なんといっても一緒に討論して、方針練って、ビラ配ってやってるのは、
楽しいです。
年齢なんか関係ない「同士」そのものみたいで。
「生意気な若造」が行っても、それなりに「尊重」してくれて、
街で会っても「次の会議はいつだっけ?」と気軽にお声がかかる。
ああ、お年よりも頼もしいぞ~~~。

さて、あと一月を切ると、学童ともお別れですね。
あと何回書けるか分かりませんが、一回でも多く書きたいとはおもって・・・。

  • 記載者 admin at 12:25
  •    以下はこの記事に関するコメント

2004年04月13日


学童慣れましたか?


新1年生の子ども達、そして保護者の皆さん、小金井の学童保育へようこそ。
新しいお友達を、上級生は首を長くして待っていました。
そして、新しい保護者の方も、在籍の保護者は同じように楽しみにお待ちしていました。
これから子どもも大人も、一緒に学童を通じて楽しみましょう。

子どもだけでなく、大人も待っているなんて、学童だけじゃないでしょうかね。

さて、私は学童が新しいスタートを切るこの時期に好きなものが二つあります。

ひとつが、「新入生のお迎え」。
新2、3年生が新しい1年生を、4月1日の学童初日から学校の入学式まで、
自宅までお迎えし学童に一緒に登所してくれるものです。
新1年生の保護者からは毎年多くの感謝の言葉をいただきます。
いきなり一人で学童に通う子ども、しかも学校はまだ始まっていない。
自宅の外に出たら、ランドセル背負ってる子は誰も見当らない4月1日。
そりゃあ子どもも保護者も心配ですよね。
そんなとき、2,3年生が自宅まで迎えに来てくれて、学童でも1日面倒を
見てくれる。これはとても安心です。

そして実はこのお迎え、新2,3年生にとってと~っても楽しみなことなのです。
毎年、自分の家の近くに新1年生の学童っ子がいないか、いれば僕が迎えに行くと、
おお張り切りです。
多いときは、一人の1年生に数人の先輩が団子になってお迎えに上がります。
下の子の面倒を見ることが、とても嬉しい。
そんな2,3年生を見て、その保護者も自分の子どもが成長したことにとても
満足して嬉しくなります。
お迎えしてもらった新1年生の親は、「来年はあなたがしっかりお迎えしてあげよう」と
子どもに話してくれます。
こんな素晴らしいこと、いつまでも続けて欲しいです。
これが「子育て」で「学童保育」だと思うのですが。

二つ目が「地域探険」。
いろんな形態があるようですが、私達の学童で行われていたのは、
降所方面のグループごとに、子どもの自宅を順番に廻る(指導員引率)。
楽しいのは、各家庭のお迎えの仕方。
共働きですから、両親が不在のお宅がほとんど。
そこでお母さんが色んな工夫をしておいてくれます。
子ども達が帰ってきたら、冷蔵庫に手作りのアイスをどっさり
用意しておいてくれる家庭。
子どもたちは大喜びで、ほんのちょっと友達のお宅で一休み。
次のお宅でもアイスで、続けて数本食べてお腹が痛くなるのはご愛嬌。
それを見越して、暖かい食べものを用意してくれる家庭も。
あるお宅の玄関には、「お休み処」の張り紙が・・。
風情がありますね。休みたくなります。

こんな各お宅であったことを、指導員がお便りで知らせてくれます。
それを読むのがとても楽しみでした。
「あ!あのお宅ではこんな工夫をしてるよ。楽しそうだなあ。」とか
「来年はうちも真似をしてみたいなあ」とか。
「うわ、豪勢なオヤツだこと」とか。

本当に、各親御さんは、ビックリするぐらい「楽しい工夫」をするんですよ。

こんな楽しい行事、どうして止めていくんだろうか・・・。
今年は是非復活して欲しいなあ。

皆さんの学童ではどうですか?
楽しい春のできごと、投稿ください。

では、また1年、親子ともども楽しい学童生活を送りましょう。
(あ!私、3月でOBになっちゃいました・・。どうしましょ。)

2004年04月07日


小金井の学童へようこそ!


新1年生の子ども達、そして保護者の皆さん、小金井の学童保育へようこそ。
新しいお友達を、上級生は首を長くして待っていました。
そして、新しい保護者の方も、在籍の保護者は同じように楽しみにお待ちしていました。
これから子どもも大人も、一緒に学童を通じて楽しみましょう。

子どもだけでなく、大人も待っているなんて、学童だけじゃないでしょうかね。

さて、私は学童が新しいスタートを切るこの時期に好きなものが二つあります。

ひとつが、「新入生のお迎え」。
新2、3年生が新しい1年生を、4月1日の学童初日から学校の入学式まで、
自宅までお迎えし学童に一緒に登所してくれるものです。
新1年生の保護者からは毎年多くの感謝の言葉をいただきます。
いきなり一人で学童に通う子ども、しかも学校はまだ始まっていない。
自宅の外に出たら、ランドセル背負ってる子は誰も見当らない4月1日。
そりゃあ子どもも保護者も心配ですよね。
そんなとき、2,3年生が自宅まで迎えに来てくれて、学童でも1日面倒を
見てくれる。これはとても安心です。

そして実はこのお迎え、新2,3年生にとってと~っても楽しみなことなのです。
毎年、自分の家の近くに新1年生の学童っ子がいないか、いれば僕が迎えに行くと、
おお張り切りです。
多いときは、一人の1年生に数人の先輩が団子になってお迎えに上がります。
下の子の面倒を見ることが、とても嬉しい。
そんな2,3年生を見て、その保護者も自分の子どもが成長したことにとても
満足して嬉しくなります。
お迎えしてもらった新1年生の親は、「来年はあなたがしっかりお迎えしてあげよう」と
子どもに話してくれます。
こんな素晴らしいこと、いつまでも続けて欲しいです。
これが「子育て」で「学童保育」だと思うのですが。

二つ目が「地域探険」。
いろんな形態があるようですが、私達の学童で行われていたのは、
降所方面のグループごとに、子どもの自宅を順番に廻る(指導員引率)。
楽しいのは、各家庭のお迎えの仕方。
共働きですから、両親が不在のお宅がほとんど。
そこでお母さんが色んな工夫をしておいてくれます。
子ども達が帰ってきたら、冷蔵庫に手作りのアイスをどっさり
用意しておいてくれる家庭。
子どもたちは大喜びで、ほんのちょっと友達のお宅で一休み。
次のお宅でもアイスで、続けて数本食べてお腹が痛くなるのはご愛嬌。
それを見越して、暖かい食べものを用意してくれる家庭も。
あるお宅の玄関には、「お休み処」の張り紙が・・。
風情がありますね。休みたくなります。

こんな各お宅であったことを、指導員がお便りで知らせてくれます。
それを読むのがとても楽しみでした。
「あ!あのお宅ではこんな工夫をしてるよ。楽しそうだなあ。」とか
「来年はうちも真似をしてみたいなあ」とか。
「うわ、豪勢なオヤツだこと」とか。

本当に、各親御さんは、ビックリするぐらい「楽しい工夫」をするんですよ。

こんな楽しい行事、どうして止めていくんだろうか・・・。
今年は是非復活して欲しいなあ。

皆さんの学童ではどうですか?
楽しい春のできごと、投稿ください。

では、また1年、親子ともども楽しい学童生活を送りましょう。
(あ!私、3月でOBになっちゃいました・・。どうしましょ。)

  • 記載者 admin at 12:23
  •    以下はこの記事に関するコメント

2004年03月28日


あ、ヘムだった!


失礼しました。
昨日の日記は、「フムフム」でなくて「ヘムヘム」でした!
また間違えた・・。

さて、実は昨日の名取先生の話は、続きがありました。
会の最後に、小学校の先生の報告があり、
「東京都では、名取先生のような先生は、『指導力不足』として
 首になっちゃうかも・・」という内容のお話がありました。
現に都内の小学校の有名な先生も、東京都は首にこそ出来なかったけれど、
処分は避けられないということでした。
下記参照。
http://www.koganei-gakuho.org/cgi-bin/jifukushin/inf2/inf2.cgi

子どもと楽しく遊ぶ、その中で子どもが「自分で考える」力を育てる「育て」。
それは「問題のない学校」「言うことを聞く」「保護者から文句の来ないこと」を
重要と考える東京都の「教育」では、「困った先生」になるらしい。
ああ、本当に学校はどうなったんだろう。
権利委員会で、老齢の方が言った「昔の方が子どもは自由だった」というのは、
学校においては、じつは「正しい評価」なのかもしれない・・。
あ、その方も昔教員でしたが・・。

今日、今度中学に行く子どもと話していたこと。

ある、学校の算数ができない子がいた。
割り算もできない。
スポーツは大好き。
でも、塾に行ってる。
何で塾に行ってるんだろう?
塾に行ってもできないなら、行ってる意味ないんじゃないの。
その子は、自分で行きたいんだろうか?
自分で行きたいなら、割り算ぐらいきっと覚えるよ。

きっとその子は、行きたくないんじゃないの?

では、どうして行ってるんだろう?

親が行かせてるのかな。

どうして親が行かせるの?

親が「不安」だからかもね。
自分の子どもをどう育てていいのか、判らないから「不安」。
そこで、回りと同じことをしていると安心のような気がする。
回りが子どもを塾に行かせると、自分の子だけ行かせないのは「不安」。
だから行かせる。
そうしておけば、万が一その子が受験や何かで世間的にいうところの「失敗」しても、
「私は周りと同じようにしてあげた!悪いのはお前だ(子どもだ)!」と
言える・・・。

何か、そんなことを思ってしまった。

結局、名取先生のような「おかしな先生」が否定されて学校がおかしくなったのも、
子どもが変なのも、最近の大学生の多くが社会に出て使い物にならなくなっているのも、
「不安」な親のせいのような気がした。
こんなことを考えた週末でした。

2004年03月27日


愛と感動を(謎) 


何の題名だか意味不明。でも気分は「愛と感動」なんだな、今日は。

最初に児童福祉審議会の感想。

学童の問題に入りました。
橋本さんが、「利用者から見た現在の学童保育」を発表してくれました。
内容は、学童保育の説明、親からみた学童、子どもにとっての学童、
という順序で、小金井の学童のよさをアピール。
特に、指導員が経験を積むことによって蓄えられる「保育能力」を
強調しつつ、熱く学童に対する「愛と感動」を伝えてくれました。
私たちの「学童を思う気持ち」は充分表現できたと思います。

研究部で調査した在籍率、保護者アンケートを使って、学童の利用者は
こんなに頑張っているよ、ということが外部にも伝わったと思います。
不眠不休で頑張った橋本さん、ありがとうございました。
あなたがいなければ、ここまで来ませんでした。
ここでも「愛と感動」をあなたに。

さて、今日は「子どもの権利条例シンポ」の当日。
学童固有の問題ではないものの、学童の子どもも当然かかわる問題であるし、
学童のお母さんが委員会のメンバーでお骨折りいただいてもいるし、
他にどのPTAも無関心なため、学保連という子どもの団体で話題にし、
活動は私個人が中心でかかわってきました。
学保連が直接かかわるのもちょっと難しいかな、という部分がありましたから、
私一人で騒ぐのができる限界かな、という感じでした。

本日は、全体で40数名の参加。学童関係は10名ちょっと。
ありがとうございました。
保育、教育関係の市民団体にも、あらためて「学童」というものに、
興味を抱いていただくきっかけのひとつになったと思います。
だって、動員力は際立っていますから(たった10名ちょっとでも)。
下記参照
http://www.koganei-gakuho.org/cgi-bin/jifukushin/inf2/inf2.cgi

今日の講演は、神奈川県藤沢市の小学校家庭科教諭の名取弘文さん。
最初から最後まで、涙を流して、鼻水垂らして、笑いっぱなし!!

 赴任した学校の入学式で、決まりきった長ったらしい先生の挨拶に
 嫌気がさして、自分の新任の挨拶は、
 「フムフム」
 と一言言って、壇上から降りてきた・・。
 (フムとは忍タマ乱太郎に出てくる忍犬で、フムフムとだけ喋るとか)
 教室に行くと、他の学年の子も含めてたくさんの子が来ている。
 「先生喋れないの?どうして?」と質問責め。筆談する子も。
 
 調子に乗って筆談で
 「子どもの頃、舌にケガを・・」とかいい加減なことを言って、
 様子を見てたら、
 子どもは、席順は自分達で決めるは、何でも子どもがやってくれるので
 「こりゃ楽でいい~」と3~4日そのまま「フムフム」だけ言っていた
 らしい。

 子どもの権利の授業で、
 「子どもには遊ぶ権利がある」と教えたら、
 子ども達は、
 「そうだ、俺たちには遊ぶ権利がある~~!」と
 みんな外へ飛び出して言っちゃったので、
 「ああ~、こりゃ楽でいい。」と授業を10分で終わりにして
 職員室に帰ったとか・・。

 オヤジギャグも満載。
 「ヘレンケラーは生まれたときから39歳」??
  ⇒「生まれたときから、三重苦」だと・・。

 子どもの権利の授業で、「アイデンティティ」という言葉が出てきて、
 辞書を調べたら「自己同一性」とある。
 「そういえば、ダイアナ妃が最後に乗ってたのもベンツだったな」???
  ⇒「事故ドイツ製」だと・・。

 その「自己同一性」とはなんぞと、国語の先生に聞いたら、
 「それは、アイデンティティ」のことですよ。」という返事。
 しょうがないので、子どもと勉強したら
 「それは、「俺はオレ」ということだ!!」と子どもが言ったとか。

ああ、本当に笑った。
(その後、先生の話に続いて「では大森さん、委員会の報告を」と司会に
 言われたときは、本当に困った。
 このゲタゲタ笑い話のあとで、どうやってシリアスな話題なんぞ話せる
 ものか・・・。せめて休憩が・・・。)

自宅に帰って気がついた。
「子どもの話であれだけ笑える自分は、もしかしたら『いい大人』に
 なってきたのかも・・」と。

 授業中に飛び出す子ども、筆談する子ども、先生が話す子どもはみんな、
 身近な、どこかで会ったことのある子どものようだった。

 運動会で見た子、キャンプで一緒の班だった子、ドッジのあの子、
 名前は違えど「子ども」は同じだった。

そして、名取先生の話を聞きながら、学童のある指導員を思い出してた。
その先生も、おかしな子どもの話を本当に可笑しそうにいつも話してた。
 
 真っ黒になりながら「泥団子」を大切な宝石のように見せに来る子、
 学童から逃走して隣町まで行った子、
 いつも一人ぼっちで無反応だったのにある時「ニヤ!」と笑った子、
 運動会のリレーで仲間をかばう子・・・、
 ドッジが嫌いだったのに、ボールを取れたとき嬉しそうに笑った子・・。

ああ、一緒なんだと思った。
子どもが好きなんだ、
「子ども」という「生きもの」が好きなんだ。

そして私も、その「子どもはおもしろいよ」「素敵だよ」ということを
その指導員から、知らずのうちに教わっていたんだ。
だから名取先生の話に、あんなに「大声で、屈託なく」笑える自分になれたんだ・・。
(単なる「大人になれない大人」という声もあるが・・・)

ああ、その指導員に出会えて私はとても幸せでした。
あなたにも、「愛と感動を」ありがとう。

今日は、大きな行事を終えて本当に「一息」・・。
安らかな心で、みなさんに「愛と感動をありがとう」。

誰だ!明日「雪が降る!」と言ってる奴は!!

追申 
 もうひとつ、感謝の辞を。
 この1年、児童福祉審議会、権利条例委員会、市との懇談会等は、
 すべて学保連独自で録音し、テープを文書に起こしました。
 大勢の皆さんのご協力をいただきました。
 特に、ほんちょう学童の木村女史には、ほとんどのテープの
 文書化作業をやっていただき(民間委託すれば大金かかるぞ)、
 ゆえに、これだけの目に見える「情報」が迅速にHPや学保連
 配布文書に掲載できました。
 (もし女史がいなければ、間違いなくひとつぐらいしか出ていない)
 市内の様々な人たちが、審議会や権利条例で、学保連のHPを
 「あて」にしています。
 今年の小金井の「保育関係者」にとって、感謝しても、し足りない
 ほどの「大きな財産」を作っていただいたと思います。
 ここで全員の気持ちをまとめて御礼申し上げます。
 「ほんとうにありがとうございました!」
 お金がないので、「感謝と愛と感動」で勘弁してね!
 

2004年03月21日


アホな校則その2


何やら、無茶苦茶な近ごろで、今日は「目」がほとんど「苦痛」だ・・。

とにかく、校則編は、今日で終わりにしよう。
ただ掲載するのみ(笑)。

◆乙女系

「狼カット禁止」

「髪型は左右対称」「ゴムの数は4つまで」

「カーリー、アフロなど、派手なパーマは禁止する」

「黒のストッキングは40デニールに限る」 ⇒私には意味不明でした。

「下着の色は白」「スカートは床上30センチ」

「卒業式では女子は卒業生・在校生ともに黒のストッキングを着用すること」

「頭髪は、熱加工・化学変化禁止!」 ⇒要するに「すべて禁止」を一言で表現。

「バレッタは1.5×6cm以内で、色は黒。形は楕円形か長方形。
 三角やリボンの形をしたものは不可」           
  ⇒これも分からんかった。
   わが家の長男曰く「これはバレンタインのチョコのことだ!」
   私「???違うだろ~~!」

「リップクリームは先生の許可を得て使用すること」


◆持ち物・服装系

「運動靴の裏は白でなければならない」 ⇒なんで?

「エレキギター、インスタントラーメン禁止」 ⇒次元がえらく違うような・・。

「学校指定の革鞄およびサイドバック(ナイロン製の鞄)に入りきらない荷物は
 必ず“風呂敷”に包んで携帯すること」

「紙袋のみでの登校は禁止する」

「革靴禁止」  ⇒????

「消しゴムの形状は直方体であること」 ⇒わが家の子どもに、2番目に受けた!!

「下駄で通わない」

「コートを着ないとマフラーをしてはいけない」

「背中に文字がかいてあるトレーナー禁止」

「通学用の運動靴のひも穴は六個であること」⇒誰か説明してくれ!気になる!

「特長靴(漁師の人とかが履く長ーい長靴)禁止」⇒漁業の町でしょうか。

「日傘は禁止」

「持ち物は全部無地」

「モミアゲを長くしない」⇒流行だもんな。


◆ふるまい系・その他

「(朝の集合、体操)レコードの合図ですみやかに集合(59秒間)する」

「インベーダーゲーム禁止」⇒古すぎ。

「うわばきで外にでてはいけない!」⇒当たり前だが、学童では必要だ!!

「お金は各自の責任でもってきてもよろしい」
「登下校中に買い物をしてはいけない」

「観光客をからかわない」 ⇒〇倉らしい。

「校内では方言を使ってはいけない、標準語を話すべし」⇒別にいいじゃないか~!!

「休日や祝日に午前中は外出しない」⇒これはすごいね!
                  午前中は「熊」でも出るのか?

「公衆電話の使用には教師の許可がいる」⇒????村に1台とか・・。

「さくらんぼを無断で穫ったら停学」⇒きっと「山形」でしょう!

「(食事)パン-牛乳-おかずのように順序をたててたべましょう」
「(食事)給食の反省をし、食後の休憩をとる」

「深夜徘徊禁止」

「生徒が学校帰りに外食する場合は、デパートの食堂で18:00までとする」

「創立者の銅像(高さ4m)に登ったら退学」⇒登りたくなるんじゃないの、姿・形が?

「町外の外出は制服着用のこと」

「トイレットペーパーの使用量は1回につき30センチ以内」⇒我家の子どもに1番受けた!!

「友達と道を歩くときは、迷惑になるので横に並んで歩いてはいけません」

「発言、発表する時の挙手は右腕を約70度前方に挙げ、
 五指をそろえて、てのひらを前に向ける」

「ファーストフードに一人で行ってはいけない」

「変速ギアの段数は男子は6段まで、女子は3段までとする。それ以上は禁止」
 ⇒何か、学校で「変速付自転車」がはやったんだな、きっと・・。

「毎日日記をつけて、週に1回教師にみせる」

「無免許で耕耘機を乗りまわさないこと」 ⇒「異議あり!!」
                     「農作業に支障が出る!!」
                     「田舎じゃ当たり前だ!!」
                     「小学校で耕運機運転できない奴は、
                      一人前の小学生ではない!!」
「雪の日に傘はささないこと」

「流氷に乗って遊ばない」 ⇒本当に危ないと思うよ、マジで。

「廊下は直角に曲がらなくてはいけない」 ⇒「俺は直角!!」(ふるい?)

以上を持ちまして、校則編を終わりにしたいと思います。
失礼すますた、チャンチャン!!

これは読め!
右以外の最新記事
管理用
過去の記事
Search




Copyright 2004 学保連

Powered by Movable Type 2.661